2014年5月23日金曜日

In the morning



そこに朝がある
私が朝を迎える準備ができていない事などは 朝にとってはどうでもよく
意味もなく 無意味でもなく ただただそれを受け入れるしかなく
私は朝をながめる 

いつものように 当たり前のように

冷たく白い光が差し込み 私を暗闇から解放してゆく
朝はまぶしく すべてを肯定する 


あれは希望にちがいない




ciao ciao

2014年5月12日月曜日

Balthus展

先日8年ぶりに東京に行ってきた。
急に行く事が決まったので滞在も短く、あまり見て回る事はできなかったけど東京都美術館で開催しているBalthus展を鑑賞しに行ってきた。





とてもBalthusが好きになった。人柄とかも作品も。
あとスイスのアトリエを再現されており感動してしまった。本人の気が漂うようで。

天気がいい日だったので、上野公園を歩いた。
ピースフルで自由な空間が、居心地がよかった。踊っている人、楽器を奏でている人、絵を描いている人、とにかくボ〜っとしている人、寝ている人。色々な人々が奔放に公園を楽しんでいた。 


じっくりことこと じっくりことこと 自分の作品を作っていこう。Balthusにも背中を押されたのでこれを機に変化していけたらと思う。点と点を少しずつ繋げてどこまでも伸びていく事にしよう。終わりはきっと来ないでしょう。



ciao ciao

2014年4月21日月曜日

2年ぶりのマミー。

スイスから2週間、お姑さんとその友達のジョバンニがやってきた。
2年ぶりに二人に再会。 久しぶりで嬉しく、楽しい2週間だった。
昨日帰国してしまい、少しおセンチな気分。

ジョバンニはスイスに住んでいた頃に一室をアトリエとして借りていたり、絵を買ってくれたりしてくれた。親戚のような人。
マミーはスイス時代の2年間同居していたので沢山愛情をもらい、お世話になった。今でもよくスカイプで会話しているので久々な気分な無いけど、実際に会うと嬉しい。
自分の母とは違った部分で母のようなところがあり、色々と甘えてしまう。

狭いうちの家に2週間もイタリア人が2人増えるので若干心配していたが、楽しかった。
賑やかでよくしゃべり、とにかく冗談が好きな人種。ずっと笑いっぱなしだった。色々と懐かしく、空いていた穴が埋まるような感覚だった。
日本人的な感覚の部分と、イタリア・・・もしくは欧米的な部分の感覚。日本でどこか寂しくなり、恋しくなっていた感覚。ふわ〜っとしているがそんな感じ。




マミー日本で初カット。私の行きつけの美容室にて。美容師さんもイタリア語を勉強中なので実践的な練習をしながら。時々私の通訳交えて、楽しい時間が過ごせたよう。








ジョバンニは初日本。日本の食べ物は寿司だけじゃなくて美味しいモノが沢山あると言っていた。納豆はやっぱり駄目だったけど。日本酒の旨さに目覚めてしまい、毎日飲んでいた。おちょこも手に入れて大満足だった。


いつの間にか別の国に家族ができた。
最初は形だけだった関係も、時が経つと愛情が生まれ、特別な関係になる。
日本人と話すレベルの的確に思いを伝える共通の言葉は無いけど、それでも一緒に居ると落ち着くし、温かい。
義母の作るトマトソース。ラザニア。アイロンを掛ける姿。今ではそれを懐かしいと思い愛しくなっている。 こうやって家族は大きくなるのかとしみじみする。


またその味を忘れる前に作ってもらいにいこう。来年にでも。



ciao ciao

2014年3月31日月曜日

"Atelier Ma"

一年前くらいからひっそりと始めた人形のartwork Atelier Maアトリエ・マ
ひっそりとゆっくり作って。いつか販売していこうか思って。でもまだ数が少なすぎて。


 「Crazy puppen」 狂い人形ゴムシリーズ





Geburtsgeschenkお誕生祝い人形シリーズ

 



お誕生祝いは友人達の出産祝いに作ったもの。
地道に増やしていこう。


★ ★ ★



ブログを久しぶりに綴るので、最近モクモク考え事をした事を。

◆大人と子供について。

日本でいう「大人の対応」に疑問がある。
昔から周りを見渡せば私だけ何かを突き止めようと必死になっていた。
疑問があれば解決するまで考えて、対象が人であればしつこく質問をしてきた。
そんな自分も嫌にもなったがどうにも適当には折り合いをつけれなかった。
嘘が嫌いで正直に生きて行きたかった。

周りはそれを「子供っぽい」か「気が強い」と言っていた。
もしくはなんでもハッキリ言う人だと。
それが悪い事のように言われた。悲しい時もあった。もちろん自分も沢山悪かった。

日本でいう「大人」は気になる事も口にせずに察して知らないふりをする事。
それが気を使える人であるらしい。気の使えるのは素敵だが、それを利用して逃げる事も容易くできる。本人目の前にして口に出さずに、隠れて口に出す事。
それが「大人」。そして忘れたフリをして起った出来事が記憶から散っていくのを待つ事。それが「大人」だった。 


でもヨーロッパでは逆転していた。

日本で言う「大人」は「幼稚」だった。
スイスで生活して見てきた「大人」はクールでスマートに事実を見つめて話合える人。意見を言い、聞き、お互いに納得いくまでとことん話す事。 私はそのタイプの人の多さに感動した。

それと、あんなに気が強いと日本で思われていた私なんか、甘い甘いシュークリーム程度だった。上には上が、その上には上が、またその上が。

語学学校には色々な国の人種が集まって、面白かった。ラテン系の生徒がとにかく主張が強く、いい年でも同じくらいの年の先生に歯向っていったり。めちゃくちゃだった。
喜怒哀楽がそこら中に漂っていて、人間らしく、刺激的だった。
これはこれで「大人」からかけ離れた光景だった。

どっちの「大人」が心地良いかは人それぞれだ。
でも私は後者のほうが信頼できる。そしてそうありたい。


ciao ciao







2014年2月25日火曜日

テテップゥ、そして長太郎

第2回 ホーホーハトブエテテップゥ の展示が終わりました。
21名の佐賀に縁のあるクリエイターの一人として参加させて頂きました。




(Photo by Koichiro Fujimoto)
                  

博多人形といい佐賀の尾崎人形といい。
伝統ある人形に絵を描かせて頂く事はとても新鮮で感慨深い。
好きな場所のこれからに少しだけ携れた気がして嬉しい限り。

最終日には打ち上げに参加。「あうん」という名の古くて小さくて何ともシャレた居酒屋さん。お酒もご飯もとってもおいしかった。出てくる料理の器も必見。
最近私の知らない佐賀がどんどんでてくる。
もっと佐賀に足を運びたくなる今日このごろ。



ciao ciao

2014年2月17日月曜日

鳥を意識すること、しないこと

「想像しなおし」
現状を疑い、別の可能性を模索する態度のこと。  

らしい。

Jan. 5–Feb. 23, 2014まで開催されている福岡市美術館のグループ展のタイトル。
先日観に行った。『狩野哲郎』さんのインスタレーション作品がとても好きになった。

※Webより写真拝借

この部屋に1羽のムクドリが放たれて、自由に生活している




こちらは別展示の写真


小物や空間の使い方。色味。鳥を放つところ。
いろんなポイントで心がウキウキする。

作品集の出版はまだないとの事。今後も観たいと思う作家さんがまた一人増えた。
また狩野さんの別のインスタレーションも見に行きたいな。




ciao ciao




2014年2月12日水曜日

auf dem Weg nach Saga


佐賀への道のり。久しぶりにゆっくりとJRの電車で。作品の搬入が目的。
20年ほど前の私は同じ道のりを半額の料金で思い立った週末に突然一人で旅をした。
祖父母がいる佐賀が心の故郷。小学生中学年くらいから500円玉をみるとこのお金で佐賀まで行けるなぁ と自然に考えるくらいその旅が大好きだった。

駅まで迎えにきてくれた大きな背中の祖父。今は結石で入院中。
でも今でも大きくてかっこいい祖父。威厳は保たれたままの山の男。

何度も何度も一人で来ている佐賀駅。
今回はいつもの出口と反対方向を歩く。その方向には古くて味のある建物が多かった。
この20年。反対の出口から広がる景色を知らなかった。古い街なのに私の中では新鮮。



 大人になった私は誰も迎えにきてくれなくたって他の土地も怖くない。


もっともっと佐賀を知りたいと思う。
素敵な建物が残っているし。面白い事をしている人も沢山いる。
私もいつか祖父母の過疎の村に人を集める事ができれば、そう思った一日だった。



ささぐりむいて一生山女
ケサグリ

私の曾祖母の俳句。生前は俳句の先生だったので墓石にも彫ってある句。
佐賀はに行くたびにいつもワクワクしていた。今まで沢山の友人を山の中の祖父母宅に連れていった。人に教えたくなるモノがそこに有るという事だ。

それはずっと変わらずに今でも有る。
それを共有していける何かを起こしたいなぁ〜  まだふわっとしているけど。

↓祖父母が住む村のサイト。至福の村として紹介してもらって光栄です。
http://chiyanoki.net/dayori.html

Ciao ciao