最近はひたすら毎日制作の日々。
頭の中はずっと絵の事ばかり。こんなに短期間で多くの作品を描いた事がないので、
上手に時間を使えていない。
昼の仕事にも出ているので一日のに二人の自分がいるような感覚。
「私は深いところへ行ってきます。」
絵を描く前に言う言葉は毎回決まっている。
深い深いところへ行ける日はいい絵がかける。
そう、冴えている日。
浅瀬でももがく日は本当に苦しい。納得できない絵が出来上がる日。
少しずつでもいい、慣れていくしかない。
アッ 油絵始めました。。。。
ciao ciao
2014年7月17日木曜日
2014年6月27日金曜日
Neue Wohnung
ナメクジがいたり、くもがいたり、傾いていたり。
色々な築50年の平屋。 やはり古いモノと自分の相性は合うようで、毎日家に帰るのが楽しみなんてなんだか久しぶりな事。時間をかけて探して良かった。
お休みだった今日は気になっていた近所のパン屋さんに行って来た。
@Nishi Pain
いいな〜 と思う場所に出会えて嬉しかった。
好きなモノのストライクゾーンが狭すぎていつもはあらばかりを探してしまう自分だが、このパン屋さんには脱帽。
何かいいって、見た目を上回る味を提供しているところだ。
この土地でどんな生活がまっているのかワクワクしている。
福岡も色々な顔を持っているのだと、実感中。
ciao ciao
2014年5月23日金曜日
In the morning
そこに朝がある
私が朝を迎える準備ができていない事などは 朝にとってはどうでもよく
意味もなく 無意味でもなく ただただそれを受け入れるしかなく
私は朝をながめる
いつものように 当たり前のように
冷たく白い光が差し込み 私を暗闇から解放してゆく
朝はまぶしく すべてを肯定する
あれは希望にちがいない
ciao ciao
2014年5月12日月曜日
Balthus展
先日8年ぶりに東京に行ってきた。
急に行く事が決まったので滞在も短く、あまり見て回る事はできなかったけど東京都美術館で開催しているBalthus展を鑑賞しに行ってきた。
とてもBalthusが好きになった。人柄とかも作品も。
あとスイスのアトリエを再現されており感動してしまった。本人の気が漂うようで。
天気がいい日だったので、上野公園を歩いた。
ピースフルで自由な空間が、居心地がよかった。踊っている人、楽器を奏でている人、絵を描いている人、とにかくボ〜っとしている人、寝ている人。色々な人々が奔放に公園を楽しんでいた。
じっくりことこと じっくりことこと 自分の作品を作っていこう。Balthusにも背中を押されたのでこれを機に変化していけたらと思う。点と点を少しずつ繋げてどこまでも伸びていく事にしよう。終わりはきっと来ないでしょう。
ciao ciao
急に行く事が決まったので滞在も短く、あまり見て回る事はできなかったけど東京都美術館で開催しているBalthus展を鑑賞しに行ってきた。
とてもBalthusが好きになった。人柄とかも作品も。
あとスイスのアトリエを再現されており感動してしまった。本人の気が漂うようで。
天気がいい日だったので、上野公園を歩いた。
ピースフルで自由な空間が、居心地がよかった。踊っている人、楽器を奏でている人、絵を描いている人、とにかくボ〜っとしている人、寝ている人。色々な人々が奔放に公園を楽しんでいた。
じっくりことこと じっくりことこと 自分の作品を作っていこう。Balthusにも背中を押されたのでこれを機に変化していけたらと思う。点と点を少しずつ繋げてどこまでも伸びていく事にしよう。終わりはきっと来ないでしょう。
ciao ciao
2014年4月21日月曜日
2年ぶりのマミー。
スイスから2週間、お姑さんとその友達のジョバンニがやってきた。
2年ぶりに二人に再会。 久しぶりで嬉しく、楽しい2週間だった。
昨日帰国してしまい、少しおセンチな気分。
ジョバンニはスイスに住んでいた頃に一室をアトリエとして借りていたり、絵を買ってくれたりしてくれた。親戚のような人。
マミーはスイス時代の2年間同居していたので沢山愛情をもらい、お世話になった。今でもよくスカイプで会話しているので久々な気分な無いけど、実際に会うと嬉しい。
自分の母とは違った部分で母のようなところがあり、色々と甘えてしまう。
狭いうちの家に2週間もイタリア人が2人増えるので若干心配していたが、楽しかった。
賑やかでよくしゃべり、とにかく冗談が好きな人種。ずっと笑いっぱなしだった。色々と懐かしく、空いていた穴が埋まるような感覚だった。
日本人的な感覚の部分と、イタリア・・・もしくは欧米的な部分の感覚。日本でどこか寂しくなり、恋しくなっていた感覚。ふわ〜っとしているがそんな感じ。
ジョバンニは初日本。日本の食べ物は寿司だけじゃなくて美味しいモノが沢山あると言っていた。納豆はやっぱり駄目だったけど。日本酒の旨さに目覚めてしまい、毎日飲んでいた。おちょこも手に入れて大満足だった。
いつの間にか別の国に家族ができた。
最初は形だけだった関係も、時が経つと愛情が生まれ、特別な関係になる。
日本人と話すレベルの的確に思いを伝える共通の言葉は無いけど、それでも一緒に居ると落ち着くし、温かい。
義母の作るトマトソース。ラザニア。アイロンを掛ける姿。今ではそれを懐かしいと思い愛しくなっている。 こうやって家族は大きくなるのかとしみじみする。
またその味を忘れる前に作ってもらいにいこう。来年にでも。
ciao ciao
2年ぶりに二人に再会。 久しぶりで嬉しく、楽しい2週間だった。
昨日帰国してしまい、少しおセンチな気分。
ジョバンニはスイスに住んでいた頃に一室をアトリエとして借りていたり、絵を買ってくれたりしてくれた。親戚のような人。
マミーはスイス時代の2年間同居していたので沢山愛情をもらい、お世話になった。今でもよくスカイプで会話しているので久々な気分な無いけど、実際に会うと嬉しい。
自分の母とは違った部分で母のようなところがあり、色々と甘えてしまう。
狭いうちの家に2週間もイタリア人が2人増えるので若干心配していたが、楽しかった。
賑やかでよくしゃべり、とにかく冗談が好きな人種。ずっと笑いっぱなしだった。色々と懐かしく、空いていた穴が埋まるような感覚だった。
日本人的な感覚の部分と、イタリア・・・もしくは欧米的な部分の感覚。日本でどこか寂しくなり、恋しくなっていた感覚。ふわ〜っとしているがそんな感じ。
マミー日本で初カット。私の行きつけの美容室にて。美容師さんもイタリア語を勉強中なので実践的な練習をしながら。時々私の通訳交えて、楽しい時間が過ごせたよう。
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いつの間にか別の国に家族ができた。
最初は形だけだった関係も、時が経つと愛情が生まれ、特別な関係になる。
日本人と話すレベルの的確に思いを伝える共通の言葉は無いけど、それでも一緒に居ると落ち着くし、温かい。
義母の作るトマトソース。ラザニア。アイロンを掛ける姿。今ではそれを懐かしいと思い愛しくなっている。 こうやって家族は大きくなるのかとしみじみする。
またその味を忘れる前に作ってもらいにいこう。来年にでも。
ciao ciao
2014年3月31日月曜日
"Atelier Ma"
一年前くらいからひっそりと始めた人形のartwork 【Atelier Ma】 アトリエ・マ
ひっそりとゆっくり作って。いつか販売していこうか思って。でもまだ数が少なすぎて。
「Crazy puppen」 狂い人形ゴムシリーズ
「Geburtsgeschenk」 お誕生祝い人形シリーズ
お誕生祝いは友人達の出産祝いに作ったもの。
地道に増やしていこう。
★ ★ ★
ブログを久しぶりに綴るので、最近モクモク考え事をした事を。
◆大人と子供について。
日本でいう「大人の対応」に疑問がある。
昔から周りを見渡せば私だけ何かを突き止めようと必死になっていた。
疑問があれば解決するまで考えて、対象が人であればしつこく質問をしてきた。
そんな自分も嫌にもなったがどうにも適当には折り合いをつけれなかった。
嘘が嫌いで正直に生きて行きたかった。
周りはそれを「子供っぽい」か「気が強い」と言っていた。
もしくはなんでもハッキリ言う人だと。
それが悪い事のように言われた。悲しい時もあった。もちろん自分も沢山悪かった。
日本でいう「大人」は気になる事も口にせずに察して知らないふりをする事。
それが気を使える人であるらしい。気の使えるのは素敵だが、それを利用して逃げる事も容易くできる。本人目の前にして口に出さずに、隠れて口に出す事。
それが「大人」。そして忘れたフリをして起った出来事が記憶から散っていくのを待つ事。それが「大人」だった。
でもヨーロッパでは逆転していた。
日本で言う「大人」は「幼稚」だった。
スイスで生活して見てきた「大人」はクールでスマートに事実を見つめて話合える人。意見を言い、聞き、お互いに納得いくまでとことん話す事。 私はそのタイプの人の多さに感動した。
それと、あんなに気が強いと日本で思われていた私なんか、甘い甘いシュークリーム程度だった。上には上が、その上には上が、またその上が。
語学学校には色々な国の人種が集まって、面白かった。ラテン系の生徒がとにかく主張が強く、いい年でも同じくらいの年の先生に歯向っていったり。めちゃくちゃだった。
喜怒哀楽がそこら中に漂っていて、人間らしく、刺激的だった。
これはこれで「大人」からかけ離れた光景だった。
どっちの「大人」が心地良いかは人それぞれだ。
でも私は後者のほうが信頼できる。そしてそうありたい。
ciao ciao
ひっそりとゆっくり作って。いつか販売していこうか思って。でもまだ数が少なすぎて。
「Crazy puppen」 狂い人形ゴムシリーズ
「Geburtsgeschenk」 お誕生祝い人形シリーズ
お誕生祝いは友人達の出産祝いに作ったもの。
地道に増やしていこう。
★ ★ ★
ブログを久しぶりに綴るので、最近モクモク考え事をした事を。
◆大人と子供について。
日本でいう「大人の対応」に疑問がある。
昔から周りを見渡せば私だけ何かを突き止めようと必死になっていた。
疑問があれば解決するまで考えて、対象が人であればしつこく質問をしてきた。
そんな自分も嫌にもなったがどうにも適当には折り合いをつけれなかった。
嘘が嫌いで正直に生きて行きたかった。
周りはそれを「子供っぽい」か「気が強い」と言っていた。
もしくはなんでもハッキリ言う人だと。
それが悪い事のように言われた。悲しい時もあった。もちろん自分も沢山悪かった。
日本でいう「大人」は気になる事も口にせずに察して知らないふりをする事。
それが気を使える人であるらしい。気の使えるのは素敵だが、それを利用して逃げる事も容易くできる。本人目の前にして口に出さずに、隠れて口に出す事。
それが「大人」。そして忘れたフリをして起った出来事が記憶から散っていくのを待つ事。それが「大人」だった。
でもヨーロッパでは逆転していた。
日本で言う「大人」は「幼稚」だった。
スイスで生活して見てきた「大人」はクールでスマートに事実を見つめて話合える人。意見を言い、聞き、お互いに納得いくまでとことん話す事。 私はそのタイプの人の多さに感動した。
それと、あんなに気が強いと日本で思われていた私なんか、甘い甘いシュークリーム程度だった。上には上が、その上には上が、またその上が。
語学学校には色々な国の人種が集まって、面白かった。ラテン系の生徒がとにかく主張が強く、いい年でも同じくらいの年の先生に歯向っていったり。めちゃくちゃだった。
喜怒哀楽がそこら中に漂っていて、人間らしく、刺激的だった。
これはこれで「大人」からかけ離れた光景だった。
どっちの「大人」が心地良いかは人それぞれだ。
でも私は後者のほうが信頼できる。そしてそうありたい。
ciao ciao
2014年2月25日火曜日
テテップゥ、そして長太郎
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